1.転換期となった事故とその影響

注目すべき事故、裁判をあげますと

 (1) 昭和26年 1951年 ヌペルカイン事故 (薬局が看護師に間違って劇薬であるヌペルカインを渡し、看護師が2名の患者に   静注し死亡するという事故)

 (2) 昭和44年 1969年 採血ミス事件 (電気吸引器による採血で、使用方法を誤り患者の血管に空気が流入し死亡するという   事故)

 (3) 昭和49年 1974年 褥瘡裁判 (褥瘡が発生し、悪化して褥瘡部からの大出血によって死亡するという事故)

 (4) 1999年 横浜市立大学付属病院 患者取り違え事故

(1) 昭和26年以前より医療事故による裁判はあったが、このヌペルカイン事故は、看護師が専門職として責任を問われた初期の事故だと思われる。
(2)の採血ミス事件をきっかけとして日本看護協会が昭和47年に「業務上過誤防止に関する調査」を行い大々的に調査分析を行った。(後に平成7年にも同様の調査を行っている)
(3)の事件は、マスコミなどで取り上げられ、「褥瘡は看護の怠慢」などと報道され社会的にも影響があり看護の質を問われた。
(4)ご存じの通り、看護師だけでなく医師など多数の人が関わって事故が生じており、組織的な対応としてリスクマネジメントが求められるきっかけとなった。

専門職として責任を問われ始めた時代
看護の質を問われ始めた時代
そして現在の総括的な事故防止を行う時代
に分けることが出来ると思います。

 2.責任の変遷

さて歴史上、看護師の責任ということを見てみると
過去においては、責任の所在は、指示をする医師側にあり、つまり保健師看護師助産師法でいう診療の補助の部分、平たく言うと
"医師の指示のもとに"という意味のところだけがクロ-ズアップされていた。
看護師もそれに甘んじていたところもあったと思われる。
現在においては、看護の仕事の多様化、専門性、教育の向上、看護職の意識の向上などより、看護師自らが自覚して責任を持つようになってきている。
看護職賠償責任保険の加入が多いこともその一つの現れだと思うが、看護の地位の向上への願いと、一方では責任への危機感があるのではないかと感じます。


 3.事故に対する意識の変化

 タブ-の時代

1998年以前は、一部の施設などをのぞき、多くの施設、また、社会においても、事故に対してタブ-の時代であり、積極的な情報公開などほとんどなかったようですし、どちらかというと隠蔽し事故そのものにふれてはいけない時代であったように思います。
ただし、看護においては医師に比べヒヤリハットなどよりの情報収集を行っている施設もあり、事故防止への対応は、医師に比べて積極的に展開されていたようです。
 
 理解、克服への時代
1999年の患者取り違え事故など一連の医療事故以降は、理解、克服への時代
として1999年が看護事故についての大きなタ-ニングポイントを向かえた思います。この事件からの一連の医療事故に対する報道によるマスコミなどの取り組みより社会的にも大きな問題となり、医療者側の意識もタブ-から理解への方向に転換するようになってきていると思います。


 4.事故防止の取り組み方の変化

 消極的から積極的事故防止
事故が生じてから対策をする。たとえば以前の事故防止委員会などがない時代ですと、
訴訟されてからその対応の委員会を持ち善後策を立てるというような消極的なものから
1999年以降事故以来、事故防止のための委員会などが出来、積極的に事故を防止するというものに変化しました。(もちろんそれ以前から事故防止に取り組んでいた施設もあります)

 組織で取り組む事故防止
従来の個人の責任を問われるもの、つまり事故の原因を個人としその背後を見ることなく個人の責任として処罰を行っていた時代から、組織全体で取り組む事故防止への意識の大きな変化が1999年以降見られます。施設的な対応だけでなく行政も含めた総合的な対応に入っていると思います。また市民による意識の向上もあり事故防止に対する認識も変化してきていると思われる。


 5.他国および他の産業との関係

 アメリカにおける事故防止の歴史

アメリカにおいては1970年代ごろより訴訟による保険金の支払いなどの負担増加による病院の財政圧迫により、リスクマネジメントの1つとして事故対応が進化していった。
しかし、アメリカの医療における事故防止も先進的な取り組みだったわけではなく、訴訟による保険金の支払いなどより他の産業を見習いリスクマネジメントなどを導入したようである。当初のリスクマネジメントは、経済的損失の減少というところから現在では、質保証のという考えになってきている。いずれにしても安全管理については、他の産業が進んでおり、医療界は、それを見習ったところが多い。
おおよそ20年ほど遅れて日本でも事故対策に先進的なアメリカを見習い、医療事故に対して本格的に取り組みをするようになった。
またイギリスにおいても同様で日本と同じようにタ-ニングポイントとなるような医療事故が生じ、アメリカを見習いリスクマネジメントを行っているようである。

 日本とアメリカの比較
日本で現在リスクマネジメントが流行のように言われているが、根本のところで異なるところが多い。これは、リスクマネジメントの概念だけでなく、人的な問題、マネジャ-の資格の問題などでリスクマネジメントの取り組み方は、アメリカと日本では異なる。
もちろん日本とアメリカを同一のシステムにすれば良いと言うものではなく、日本型のリスクマネジメントを提唱している研究者もいる。
また、リスクマネジメントが書かれた多くの看護関係の図書において、事故防止とリスクマネジメントが同義であるかのように書かれているものが多い。

 他の産業と医療
看護でよく使われている「ヒヤリハット」という言葉一つにしても、看護の用語ではなく、産業における事故防止からの言葉です。他の用語、システムにしてもほとんど他の産業からの事故防止の用語であるとかシステムであるようです。
他の産業たとえば建築、土木などのような直接仕事をしている人が労働災害により被害を被るところは、自らの危機感により事故対策がずいぶん以前より進んでいます。
また、原子力関係、航空機関係などの建築、土木などとは異なる業種においても、その性質上システム的に一つのミスが大事故につながることなどより早くからシステマチックに事故防止に取り組んでいました。
医療産業は、タブ-である時期が長く、危機的状況をあまり感じることなく経過してきたため。他の産業から事故防止に関しては大幅に遅れていると考えられます。

 6.その他

医療訴訟の件数は、年々増加傾向にある。
訴訟における分類において「看護」という項目は、全体の約1.6%前後にすぎない。
1989年から1995年のデ-タ-において訴訟における看護の割合は、約1.6%前後とあまり変わっていない。しかし、これには注射、与薬などの事故は含まれておらず、保健師助産師看護師法で定められる 療養上の世話の部分のみである。つまり訴訟に係わる看護師は、約1.6%よりも多いということであり。過去においても現在においても注射、与薬などの事故が相当の割合を示しており訴訟に関係する看護師の実数は多いものと思われます。
訴訟が増加している原因は、現在においては、患者の権利意識、情報を入手しやすくなったなどがあげられるようである。
訴訟は増加傾向であるが、訴訟されなかった例を含め実際の事故例の増減の把握はなかなか難しい。
システムが複雑化することによってエラ-も増える。システムだけでなく検査、機器の増大
それを防止するマネジメントの欠如によりミスは増加し、実際の事故数は1999年以前は増えていたのではないかと推測する。
ヒュ-マンエラ-による本質的なところは変化していないのではないかと思われる。

看護における事故に関する本は、以前においては事例集または、訴訟など法律に関したものがほとんどであり積極的な事故防止の観点から述べられたものは最近になってからである。
看護研究においては、事故防止について以前から様々な取り組みがされているが数自体は、少ないものであった。
最近は、事故防止に関する研究の割合は増えているようである。
「看護事故」という用語は、少なくとも1975年には見られた。




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