2003年における看護者(看護助手を含む)が刺殺されるなどの傷害を受けた事件の報道。
03/2/27 泉北陣内病院で元暴力団組長が発砲。看護師長(39)が死亡し、医師も胸を刺されて重傷を負った。
03/5/28 野田記念病院から、「看護助手が患者に刺された」と西成署に通報があった。同署員が駆けつけたところ、看護助手(22)が左胸を果物ナイフで刺されて4階病室前に倒れており、別の病院に運ばれたが死亡した。
03/6/3 大井小川クリニックで、受け付けに来た男がいきなり「この野郎」と大声を上げ、透析室にいた女性看護師長(54)を文化包丁で切りつけた。看護師長は男ともみ合いになり左顔面や左首など数か所を切られ軽傷。
03/10/13 国立福山病院1階の夜間診察室で、通院患者で近くに住む無職の男(67)が、持っていた果物ナイフ(刃渡り約10センチ)で女性看護師(35)の右胸を刺した。看護師は重体。
03/12/28 帝京大医学部付属病院の6階ナースステーションに包丁を持った男が押し入り、宿直勤務中の女性看護師(33)の首に包丁を突き付け、人質にした。
看護者が被害にあった事件は、調べることができた範囲で5件を数える。いずれも重大な事件であり、実際にはもっと多くの事件が潜在下にはあると推察できる。
また、これら暴力以外にも患者からのセクハラ・暴力団または暴力団以外の患者によるおどしなどが見られる。私たち看護者は、安全な看護を提供できないばかりか、脅しなど暴力におびえながら仕事をし、時には仕事を辞めざるを得ないことになる場合もある。
今こそ看護者の安全が注目されるべきだと考える。
1.病院のリスク
病院を取り巻くリスクには様々なものがある。
医療事故、感染事故、災害時リスク、病院の経営に関する倒産のリスク、その他外部からの侵入者および盗難などのセキュリティに関したこと等多種多様であり、それらの全てに対応していかなければ、安全な医療を提供できないと考える。
病院を取り巻くたくさんのリスクの中で、医療事故については1999年の医療事故報道に端を発し、行政,マスコミ,メ-カ-なども含め事故対策が急速に発展していき、情報も公開されて事故防止が進んできた。しかしこの医療事故対策については、部分的なリスクマネジメントのみにとどまっていることが多く、この急激に改善されていった医療事故でさえ、事故当事者である看護者の事故後のサポ-トについては、まだまだ対応されていない事の一つだと思う。また、組織的に対応していないところでは、医療事故の加害者であるけれども被害者でもあると言えるのではないかと思う。
このように一見進んでいると思われるところでも、看護者は守られていないと感じる。
前述の様々のリスクの中で、日本の医療においてタブ-視されているのが、暴力である。
患者もしくは家族および外部からの暴力に限らず、医療者だけでなく入院患者が傷害を受ける事件もあり、医師または上司などによるセクハラや言葉の暴力も同様に大きな問題である。
医療スタッフだけでなく病院全体として暴力は大きな問題となっている。
ここで注目すべき点は、暴力が一般社会と同じように、いやそれ以上に激しく医療の現場で起こっている。それは病院という人を守るところで起こっている。このことを確認して欲しいと思う。
また、これらのことを一般の人にも知ってもらいたい。
暴力といえば精神科において発生しているイメ-ジがあるが、
ICN 「ヘルスケアの場における暴力」によると「精神科に代わり一般患者病室が二番目に暴行の頻発する領域になっている」と報告がある。上記の事件の報道を見ると、日本においてもうすでに"暴力"は看護を阻害する大きな問題となっている。
医療現場で起こる事故の中に、看護者に対する傷害行為は存在する。これを単に患者のセクハラ、患者個人の暴力問題として片付けるのではなく、病院全体としてみていかなければ、病院のリスクマネジメント・病院の安全性の欠落を指摘されるのではないだろうか。
ICN所信声明 「看護職員に対する虐待および暴力」において
医師または上司、同僚などだけではなく、暴力の多くは患者による暴力行為であり、看護職員の保護が必要なことが報告でうたわれている。
このICNの報告にもあるように、看護者は守られなければならない。
2.看護者が暴力を受けている現状
看護事故における調査は進んでおり、病院によってのばらつきの差があるものの事例はたくさん出てきている。
その事故報告、インシデントレポ-トなどにより得られた情報から分析・対策へと進んでおり、また情報を共有化することで看護事故防止において対策は急激に進み、一つのトレンドと言ってもよいようになり、安全対策はどこの施設においても不可欠なものとなっている。
しかし、それに比べて看護者が被害にあう事故については、事例としてもあまり出ることが無く、また実数の把握となると更に困難な状況である。それ故に対策は困難であり、なおかつ情報の共有化は難しく、このようなことがあるという認知についても各施設で暴力が多いと感じながら、このタブ-である暴力を誰も言い出せなく、解決をよけいに困難にしている。
つまり、これらの患者によるものは潜在化しており、なかなか表在化しないものである。その実数は調査が進んでいる看護事故でさえ、施設により非常にばらつきが生じていることを考えると
暴力行為、セクハラなどの実数を把握することは更に困難なことだと思われる。
参考までに、精神科における患者による暴力行為は多く、当院精神科にて調査した1993年4月からの3年4ヶ月の間
患者による事故およびインシデントが200件あり、暴力行為はそのうちの43%みられ、うち14%の28件が医療スタッフにむけられた暴力であった。さらに比較対照とはならないが、同時期(期間は3年10ヶ月)に発生した看護事故は97件であった。
3.看護者が被害にあう事故が注目されない理由
なぜこれらの暴力行為・セクハラは、私たち看護者が被害者であるのにあまり注目をされることもなく、対策がとられていないのか。
次にその理由を考えてみる。
第一に看護観があげられる。
旧来の良き看護者像は曲解されており、何をされても仕事であるから我慢をしなければいけないという考えが根強く残っている。
また、患者に擁護的でなければいけないという看護観がある。
これは、私たち看護者が患者を擁護する立場であると考えている。
こういうところから、暴力行為に対する判断が甘くなってしまうのではないかと思う。
更に最近のサ-ビスという考え方からも、個人の感情を出してはいけないという考えから自己抑制をし、表出しないということもあるのではないかと思われる。
つまりこれらの看護観は、患者に対して擁護的である、または擁護的でなければいけないという考えである。
第二に暴力に対する意識に乏しい。
暴力があった時、それくらいのことはたいしたことないという考えは危険である。なぜなら、病棟で暴力というものが認知されていないと、それを防ぐ手段を考えられることはない。
一般社会においてDV(ドメスティックバイオレンス)であるとかセクハラなどという用語が使われ、暴力に対する認知は高まっているのに、他の社会では受け入れられない暴力が、医療の現場では場合によって容認されていると感じる。
第三に暴力などを受けた場合に言いに行くところがない、対応がない
看護事故などを起こした場合はリスクマネジャ-などに届けるが、暴力を受けた場合
誰がサポ-トをしてくれるのか。システムなどほとんど無いように思える。暴力を受けた時に守ってくれるものがないと思う。もし、暴力を注意した場合誰が守ってくれるのだろうか?そういう不安を抱えて暴力に対応できないでいる。
4.看護者の安全と全体で取り組む暴力防止
私たちは患者を守る義務がある。患者の安全を確保する事は当然のことであり、必要最低限のことでもある。また医療事故防止などで患者安全確保に向かっており、患者の権利に関することも言われるようになってきた。しかしまた、私たちにも暴力を受けない権利、セクハラを受けない権利がある。そしてなにより安全に看護ができることによって、より良い看護が提供できることを知ってもらいたい。つまり、看護にとっても安全は最低限必要なものである。看護者が守られることにより患者にとっても安全な看護を提供することが出来る。
暴力などに私たちの看護は脅かされ安全でなくなってきている。
私たちはこのような問題を放置することなく表在化する必要がある。
それは看護者を守ってほしいという切なる願いとともに、患者および社会に対して医療現場の暴力を知ってもらいたいと思うからである。
私たちは、看護事故同様インシデントレポ-ト、暴力の事故報告書を提出し、暴力に対してその実体を把握する必要があると思う。事故デ-タ-さえも無いのであれば系統立てた対策は困難であるからである。これらのデ-タ-より分析、対策そして情報の共有化を図ることにより、看護の力として事故を防ぎ、看護者への暴力の被害を最小限に抑えることが出来るのではないかと思う。また、コミュニケ-ションなど看護者側にある問題も同時に明らかにしなければならない。
一般の事故防止と異なるところとして、まぬがれない暴力に対する対策、トレ-ニングも必要である。
ここでは提言のみとし対策については述べないが、
精神科では暴力があることを認識していることもあり、対策マニュアルが整備されていたり暴力の対処へのトレ-ニングを行っているところもある。ぜひ早急に暴力対策に取り組むべきだと考える。
いつまでも対策がとられないと、看護そのものに魅力が無くなってしまうのではないかと思う。
精神科に限らず、一般病棟でも同じようなことが生じている。
外来などにおいても「ちょっと(看護師を)脅してやったらはやく診察してくれる。」などと言い、他の患者にもそのような行為を勧めたりする人もいる。暴力は、他にも波及しかねない。医療全体として、対暴力の取り組みをしていかなければいけない。精神科だけでなく一般科においても暴力に対して危機感を持って取り組むべきだと考える。暴力への対応を含め病院の安全管理を進めていかなければ、看護者にとっても患者にとっても安全で安心な医療とは言えないと思う。
リンク
■ICN所信声明「看護職員に対する虐待および暴力」
■2001年IND
- 第3章 「ヘルスケアの場における暴力」
参考文献
1)日本精神科看護技術協会 編
精神科ナ-スのための医療事故防止・対策マニュアル
精神看護出版 2002
2)特集1 いま、ここにあるセクハラ
問題にしない&させない圧力はどこからくるのか
精神看護 vol.6 no.2 March 2003
医学書院
3)特集 殴られているのは誰だ 精神病院のなかの「暴力」
精神看護 vol.5 no.4 July 2002
医学書院
4)病院に持ち込まれた"暴力事案"への上手な対処方法
Expert Nurse vol.19 no.7 June 2003
照林社
5)特集 臨床で直面する倫理的諸問題
キーワードと事例から学ぶ対処法
10. モラルのない患者
インタ-ナショナルナ-シング・レビュ- Vol.24 No.3
臨時増刊号-101号 2001
日本看護協会出版会
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